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【げんき住宅ストーリー 第1話】 父が塗っていた土壁は、なぜ「生きて」いたのか
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2026.08.28げんきブログ
こんにちは。げんき住宅を運営する株式会社ヒューマンアライブです。
今日から数回に分けて、代表の西がなぜ「げんき住宅」という家づくりにたどり着いたのか、そのルーツにあるストーリーを少しずつご紹介していきます。
創業76年、始まりは一人の左官職人
ヒューマンアライブの家づくりの歴史は、実は西個人の代で始まったものではありません。父の代から数えて、今年で創業76年。西家は、もともと左官業を営んでいました。
左官と聞くと、今では「壁を塗る仕事」というイメージが強いかもしれません。ですが、父が向き合っていたのはただの内装仕上げではなく、日本の家そのものを何百年と支えてきた「土壁」という技術でした。
土壁は、微生物が生きている「呼吸する壁」だった
土と藁(わら)を練り、竹を編んだ下地に何層にも塗り重ねていく土壁。実はこの壁の中では、無数の微生物が生きています。
微生物が生きているからこそ、壁自体が呼吸をするように湿気を吸ったり吐いたりする。夏の湿気はほどよく吸収し、冬の乾燥した空気には湿度を放出する。同時に、壁の中を空気が通り抜けることで、断熱にも通気にも一役買っていました。
エアコンも、高性能な断熱材もなかった時代。それでも先人たちの家が夏を涼しく、冬をしのぎやすく保てていたのは、この土壁が持つ「呼吸する」性質のおかげでした。
けれど西にとって大切なのは、壁が呼吸すること自体ではありません。壁が呼吸していたからこそ、そこに暮らす家族は結露やカビに悩まされず、じめじめした夜に咳き込むこともなく、心地よく眠ることができていた。父が土壁と向き合い続けていたのは、結局のところ「そこに暮らす家族が、健康に、元気に過ごせるように」という、ただそれだけの想いだったのだと、西は今振り返ります。
効率化の波の中で、置き去りにされた知恵
けれど時代が進むにつれ、住宅業界は工期の短縮やコストダウンを優先し、土壁のような手間のかかる工法は主流から姿を消していきました。西自身も、大手住宅メーカーで最新のビニールクロスや高気密住宅を手がける中で、父が積み重ねてきた土壁の知恵とは、かけ離れた家づくりの現場に立つことになります。
「基準は満たしている。性能表示も申し分ない。それなのに、この家で家族は本当に健康に、気持ちよく暮らせているのだろうか」
そんな違和感を抱えながら、西は父の仕事を思い出すたびに、一つの問いにたどり着きました。
目指したいのは、壁の技術ではなく、家族の健康
「壁が呼吸するかどうかは、手段でしかない。大切なのは、その家で暮らす家族が心から健康に過ごせるかどうかだ」
父の土壁がすべての答えというわけではありません。時代とともに家のつくり方は変わっていい。ただ、そこにあった「家族の健康を第一に考える」という原点だけは、これからも変わらずに受け継いでいきたい。西はそう考えるようになりました。
この問いこそが、後にげんき住宅の家づくりを支える「WB工法」という考え方に西がたどり着く、最初の一歩でした。
次回は、大手住宅メーカーでの経験を通じて西が感じ続けた違和感と、独立を決意するまでの経緯についてお話しします。
― 第2話「大手メーカーで見た、”呼吸しない家”という現実」へ続く ―
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